2013年11月30日
郡大山−1
【写真説明】左写真は郡大林道途中で見掛けた廃棄された工寮(林務局所有の簡易作業場兼宿泊施設)、但し、位置は覚えて‘いない。同林道最奥の現役林務局工作站である望郷工作站に至る手前だと思う。中央写真は、望郷工作站前の広場と見紛う寛い林道脇の神木と祠。祠は下掲写真で判る通り神社形式、つまり日本時代からの物と考えて間違い無いと思う。すると、当該工作站の前身は駐在所だった可能性も又大きいのだが、当時の地形図を見ても特定出来きないが、当時のハウハブ社の東側に相当することは判る。右写真は望郷工作站。
その厳格なる入山申請の為の入山証を入手する為に、信義にある警察分局での申請中、入山証を取得し、省道21号線を南下、同道上に掛かっていた十八重渓橋の南側袂に店を構えていた林務局検査站での本審査。。。この間、郡大林道入口も含め珍しがって色々あちこち写真を撮った記憶があるのだが、全く残っていない、或いは、何等かの理由で、この後、林道を辿り、23キロ地点の林務局望郷工作站、32キロ地点の工寮(林務従事人員の簡易宿泊施設=実質は登山小屋)に辿り着く間、辿り着いた後。。。全く撮影の跡無し。翌日、夜が明け始めてからの写真が当時の山行の最初のものだ。
今回の郡大山山行のプロローグに相当する記事に掲載した写真は、実は下山後撮影されたもので、廃棄はされたが、その長大さでは台湾有数のスーパー林道たる郡大林道の欠片も描き切れていないには至極残念なことだ。
この時は、友人から借り受けた古いスズキ「ジムニー」を駈って往ったのだが、その作りは悪路を駆るには惚れ惚れとしてしまう程だったが、ドア下に這わされていたサイド・バンパーが両側とも脱落してしまった。溶接部が相当錆び付いて痛んでいたかもしれないが、それ程の悪路だったということで、そんな現場の写真が残っていないのが、実に摩訶不思議である。
工寮までの郡大林道32キロは実に長蛇と云わねばならない。ログ代わりのデジカメ写真が無いし、台湾で山登りを再開した後はペンでメモを取るようなこともしなくなったので、実際この距離をとどのくらいの時間格闘したかは記録無し。中華民国山岳協会資料だと、十八重渓橋入口から望郷工作站までが23キロ、90分、望郷工作站から工寮までが、9キロ、50分、合計140分、約二時間半のドライブである。(続く)
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