2013年03月22日
新高山(にいたかやま)−1
【写真説明】左二枚は新高山頂上直下の登り、2003年4月27日午前5時57分と6時5分、右写真は頂上から望む同日6時20分の撮影、当日の旭日は中央山脈最高峰、秀姑巒山(百岳6号、3,825メートル)頂上から出た。その左右に馬博拉斯(マボラス)山(同7号、3,785号)と大水屈山(同13号、3,462メートル)が控える。その秀姑巒山手前の三角峰は八通関山(同66号、3,245メートル)、同写真一番手前の黒々とした塊が東山、玉山東峰(同3号、3,869メートル)、文字通り台湾の屋根である。
[「俯瞰図:玉山主峰」から続く・・・]
[玉山古道−余話:第二回目転載開始]
これに対し、K氏からいただいた返信は以下の通りである(旧漢字は現在の当用漢字に改めた):
「ご無沙汰いたしております。実は私も西さんに報告したいことがあるので、メールをしようと考えていたところです。西さんからご連絡あった地図についていろいろ調べたいことがありましたので、先週1週間台湾に行ってきたところです。
ご連絡あった「新高登山地図」は平成16年の2月に玉山国家公園管理処のホームページを調べている時に見つけました。以前から、父が新高山の地図を作成したことを兄から聞いていたので、かなり注意して見ていたのですが、あのホームページはなかなか良くできていて、拡大、移動ができるので、左下部分を拡大してD.by N.Kurokawaを見つけた時には思わずパソコンの前で声をあげてしまいました。サイトの説明にこの地図は 玉山国家公園管理処典蔵と記されているので、いつかここに出かけようと考えていました。
玉山国家公園管理処は水里にあることを調べて知っていましたので、昨年玉山に登山した後、一緒に登山した人達と水里で夕食をしながら「ここにある管理処に私の父が作成した地図があるのだが」とつぶやいたとき、「今日は休みだし、時間も遅いので見るのは無理ですよ、また来なさい」と慰められ、次の機会を狙っていました。今年の夏から10月にかけて、いろいろあったので、台湾に出かける時間がなく、結局先週になってしまいました。
11月27日6時に台中から総達客運のボロバスで2時間半かけて水里にたどり着き、玉山国家公園管理処を訪れ、来意を告げたところ、解説教育課の親切な女性がいろいろ調べてくれました。結論として、台北の中央研究院がこのホームページを管理していて、その地図もそちらにある筈だと、中央研究院の担当者を紹介してくれました。29日台北の南港区研究院路にある中央研究院計算中心でこのホームページを担当している廖氏に会い、お互いに大感激で話が盛り上がりました。(これは少し嘘で、たよりない中国語と英語のチャンポンのたどたどしい会話でした)廖氏から地図のCDと大判のコピーをもらい、さらに彼のボスである人にも紹介され、今後も連絡を取り合いましょうと言うことで、大変有意義な訪問でした。
ところで、本来の目的は父の地図のオリジナルに対面することなのですが、廖氏はこの地図のコピーデータを引き継いだだけで、本当のオリジナルの地図がどこにあるかは少し時間をくれたら調べることができると言うことでした。CDデータは8.9メガありますので、メールで送れるかどうか分かりません。別のメールで送信してみます。父の地図については以上のとおりです。
[玉山古道−余話:続く・・・]
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