2008年09月27日
「台湾百岳」について−3:点の記
【写真説明】左写真は私が初めて台湾最高峰玉山(旧新高山)に登った時に撮影したもの。実はこれは珍しい写真である。というのは、台湾最高峰を極め狂喜している登山客が写っていないからである。もし玉山に週末、祝日を利用して登頂する場合、頂上は人だかり、皆この頂上の石碑と共に記念撮影に余念がなく辛抱強く順番を待たなければならない。登頂の前の晩に拝雲山荘に泊まり込んだ登山客は翌朝三時過ぎには起きて準備を始める。当時私も週末利用組だったが、その前の晩、他のパーティーのテントに潜り込み盛んに高粱(こうりゃん)酒を飲み、そんな早い時間にはとても起きれず、加えて朝起きたら寝袋の中がぐっしょり湿っている。高所低気圧でアルコール度の極めて高い酒(通常は58度、最近はアルコール度数を抑えたのも市販されている)を飲み過ぎた為寝小便をやらかしたのだ。そんなわけで二日酔いで朦朧とする頭を抱えやっと頂上に辿り着いた時は、他の登山者は下山した後だった。石碑右肩に写る尖峰は関山(百岳12号:3,668メートル)。右写真は玉山一等三角点標石。大正6年10月13日(1917年)に陸地測量部(現在の国土地理院の前身)江口萬蔵に依り埋設、「一等三角點」の刻字は写真左側面にある。因みに、台湾百岳の中で一等三角点を擁するのは11座である。
今回この記事を書く切っ掛けになったのは、東京で測量会社を営む知人から、来年新田次郎の「剣岳 点の記」が映画化され上映されると聞いたからである。同時に、彼の恩師が同書は必読書と言っていたということも聞いた。どうも、測量士たらんものにとってこの書を必ず読めとどの学校でも生徒に言っているようだ。いずれにしても、測量の門外漢でも映画が封切られれば「点の記」という単語は少しは耳慣れたものになるかもしれない。
私は台湾の山に登れば必ず三角点の写真を撮って降りてくる。一つは登頂の証拠として、もう一つは日本の台湾領有時代の遺構としてである。既に戦後六十五年になろうとしているが、台湾には今でも多くの日本時代の遺構が残存している。この手の遺構、しかも現役の遺構を台湾で手っ取り早く探そうと思えば山に登るのが一番簡便だということには、台湾の山に登り始めてすぐ気が付いた。今に見る殆どの三角点が日本人により埋設されたからだ。しかし、「点の記」までは思い至らなかったというより、そもそもそんなものが存在するということすら知らなかった。
「点の記」とは簡単に言えば、三角点の履歴書ということになる。なら、台湾領有時代、陸地測量部によって埋設(専門用語は「埋定」というようだ)された各三角点の点の記は、その後を引き継いだ国土地理院が保管しており、一般の閲覧が可能なはずだと考えたらその通りだった。下掲のサイトを主宰していらっしゃる黒川様に依ると、日本時代の台湾の点の記は外邦図故、一般には公開されないが、情報公開請求をすれば切手代プラス程度の費用で謄本を入手出来るとのことであった。窓口は、国土地理院総務部広報広聴室である。
測量関連の仕事に携わっていなくても、点の記に記載された記録は非常に興味深い。試しに、戦前の日本最高峰であった新高山(現在は玉山)の点の記を即座に閲覧したい場合は、以下のサイトを訪れ、メニューの中から「玉山登山」と「新高山(玉山)の標高と命名」を読むことをお薦めする。新高山の点の記の現物が添付されている上に、新高山測量に関する興味深い情報が盛られているからである。黒川様のご尊父は、戦前初めて新高山登山地図を作成された方である:
http://homepage2.nifty.com/seiyoukai/index.html
正式には「點之名稱:新高山(ニー・タカ・ヤマ)」「一等三角點ノ記」には、撰定年月日・撰定者、観測年月日・観測者、埋定年月日・埋定者が明記されているので、実際今に見る三角点を日本時代の遺構として捉えた場合、経歴の所在が非常に明確な遺構ということになる。黒川様に依ると、撰定者の古田盛作は「剣岳 点の記」にも登場するそうである。
それと素人として興味惹かれるのは「標石−構造法及石質」の部分、というのは目で確かめられるからという単純な理由。「花崗石 『コンクリート』ヲ用ヒ規定ノ幅員・光螺旋ノ直下ニ埋定ス」とある。光螺旋というのはもう現代の測量士には判らないらしい。大昔の三角点測量の写真を見ると櫓(やぐら)を組んでいたのが判るのだが、それと関係あるのだそうだ。そんなことはどうでもよく、私には花崗岩で出来ているというのが判れば十分。
点の記最後の「観測方向ニ就テ」で「参考トシテ」丹大山以下五座が挙げられているが、これらはすべて現在の台湾百岳である。ところが、点の記の最初の「観測」の部分で幾つか山の名前が挙げられているが、これらは現在何山と呼ばれているのか、卑南主山、大棟山、北大武山以外は即座に判らない…
という具合にとにかく興味が尽きない。(終わり)
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