【写真説明】左写真は林務局の作業小屋。台湾では工寮と言っている。実際は登山者が専ら使用していると思う。西巒大山の登山基地である。中央写真は頂上の三角点と林務局の作業小屋。右写真は、ハゼ、ナナカマド? 台湾にも紅葉はある。
西巒大山は登山口と頂上の標高差が1,700メートルあり、往復10時間、登山口からの往復だけを考慮すると日帰り可能な百岳ということになるが、実際は人倫林道をかなり奥深く辿らなければならない。
加えて、登山口直下にある検問所では私がこれまで経験した中では最も厳しい扱いを受けた。尤も入山証を予め取得していないのであるから原則論としては入山出来ないのであるが、人倫林道沿いに茶園を経営している方に「私の名前を出せば大丈夫だから」と言われて入ろうとしたのであるが、なかなか聞いてくれない。暫く押し問答を繰り返した挙句やっとゲートを上げて貰った。
その検問所から少しばかり林道を辿ると、トタン作りのぼろぼろの小屋がありそこに車を止め歩き出した。この小屋、或いはこの小屋が立つ辺りが以前何だったのかは登山当時も今も判らない。現在の人倫林道と日本時代の原住民警備道(「理蕃道路」)は大いに関係あるはずのだが、具体的な関係は判らない。これは今後追々調査する積りではいるが、登山した当時は、この小屋に日本時代の匂いを感じても林道自体と理蕃道との関係すら考えてもみなかった。
このブログは各座に付き少なくとも数回にわたり記事を掲載しようと目論んでいるのだが、この西巒大山だけは何とも書くことがない。今記憶を手繰り寄せても鮮明な印象が甦ってこない。書けるとしても以下の二つだけという何とも情け無い話だ:
●登り始めた時は既に午後も遅かったように記憶している。それで、とにかく暗くなる前に登れるだけ登り、テントを張れそうな適当な場所を見付けよう。その通りにしたのだが、ぶと(漢字があるはずだが判らない、小さな羽根を持つ吸血虫というしかない)の大群に襲われ往生した。これが当時の登山行の最大の印象。黄色の海老根があちこちに群生していたのだが、このぶとのお陰でまともに写真も撮れない。このぶとの大群には行きも帰りも遭遇した。同行者の弁、「もう二度と此処には来ない!」
●頂上直下の竹薮は覚えている。そこを抜けると広々とした頂上に出る。テントを張った場所からその頂上までの行程の印象が全く無い。頂上には林務局のもう廃棄された二階建ての小屋もあり眺望はまあまあなのだが、四方方角が判らず、頂上からの眺望が何処を見ているのか判然とせず。今当時撮影した写真を見ると、水里、日月潭の方角だけは理解していたようだ。(>次回に続く)
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地図を見てみました。林務局の作業小屋と言うのは林務局工作站でしょうか。その先を左に行った所に人倫苗圃と書いてあります。棲蘭森林遊楽区は、以前棲蘭苗圃として利用され苗をあちこちに配っていたと地元の人に聞きました。そこもそのように利用されていたかもしれない等と考えてしまいました。西巒山から尾根伝いに郡大山に向かって郡大林道36支線が延びているし、その東側の郡大渓沿いに日本時代最後に出来た道(狩野忠雄の雲と山と蕃人とにそのような記述があったと思う)もあるし、それらを通って運ばれていたかもなどと。飛躍しすぎでしょうか?
現在の人倫、郡大山林道とも確かに嘗ての理蕃道路と重なっている部分はあると思います。どちらかというと人倫道の方がその割合が多いのではとにらんでいます。鹿野忠雄のそれは「中の線」ですねが、どちらの林道とも重なっていないというのが私のこれまでの調査結果ですが、自信はありません。
台湾山中各所に苗圃はありますが、今でも機能しているのは非常に少ないはず。何しろ林業衰退で苗圃を管理する人間すら確保出来ない。従って苗圃に至る道路も崩壊すればそのままにしておかれる、金が掛かりますから。それが今の実態だと思います。
お陰で台湾の山中奥深く入るには相当な時間を費やさねばならないのが実情です。自然保護という立場からは有利な状況と言えるかもしれませんが。(了)
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