2021年02月13日

屏風山−5

tm-519.jpg tm-520.jpg tm-521.jpg
【写真説明】某月某日のメモに曰く「稜線に出るとそこは三叉路になっており、三角点へは左折、少しだけ竹薮を潜ると登山道脇に、テント二張程度は可能な清潔な露営地あり。「屏風山頂上は展望が利かず」と聴いて来たが、三角点が埋設された地点はその通り、但し、三角点に至る稜線は気持ちの良い笹原が広がり、又、眺望は絶品!屏風山遠望は、頂上まで樹林帯が競り上がっているように見えるが、実際は片側は断崖、その反対側はゆるやかな笹原という典型的な台湾山岳の稜線を形成している。稜線上には幾つか頂上候補があり、一番奥にある瘤が最も明瞭に独立しているので、そこまで上り下りを強いられるのかと思うと気分が重くなるが、実際は、最初の鞍部と瘤を越え、次に現れる不明瞭な丘状の盛り上がりが頂上だった。」左写真は、頂上稜線に出て屏風山山頂に向かい北進するハイカーの背中を襲う様にそそり立つ奇莱主山北峰(3,607b、百岳16号)。中央写真は山頂を目指すハイカーの目前に立ち現れる中央山脈北一段(同写真右側から、南湖大山=3,742b、8号と中央尖山=3,705b、10号)と北二段(無明山=3,451b、31号)の核心部。右写真は、東側展望、奇莱東稜と呼ばれるタロコ渓谷方面である。同写真中央部付近に写る帽子状の山容を呈するのは佐久間山(2,809b)、第5代台湾総督佐久間左馬太に因む。その右側の高峰は立霧主山(3,070b、90号)。下掲は屏風山山頂、陸測三等三角点。(終り)
tm-522.jpg
posted by 玉山 at 00:00| 台北 ☀| Comment(0) | 屏風山(第65座、3,250m) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年02月27日

俯瞰図:閂山

[←俯瞰図はココをクリック]

閂山に実際登攀した後も、この百岳の一座の位置を上手くイメージ出来ずにいた。一体何処の山域に属するのか?と謂った素朴な疑問だ。実際はそれより早くに畢祿山に登攀した際、その頂上で撮影した写真の中に閂山が写り込んでいるのをかなり後になり発見した。中文版ウィキペディアの閂山の項は以下の説明が附されている:中央山脈北二段は中央尖山以南、畢祿山に至る中央山脈縦走路であり、甘薯峰、無明山、鈴鳴山、閂山の四座が含まれる。北二段の登山道は峻険だが、閂山と鈴鳴山は連続して730林道からアクセス出来る。今回掲載した俯瞰図は北二段を東側から俯瞰したイメージである。とは言え、このカテゴリーを書き起こすに当たり、さて閂山はどのような山容であったのか、全く思い起こせず、当時撮影した写真を見返しても記憶が鮮やかに蘇ると云うこともない。なだらかな長い頂上稜線をいただく平凡な山容を呈する山である。

さて、この山名である。2014年当時何故この百岳に登ってみようと考えたのか思い出せないのだが、山名に魅せられたことは大いに想像が付く。日本時代、「かんぬき・やま」とよんでいたのか?「サン・サン」と呼んでいたのか?は判らないが、当然前者が好ましいと誰もが思う。台湾のネット上ではその由来を不明としている向きが多いのだが、「クヌギ」の樹と「閂」を関連付けた由来を紹介した記事も多い。クヌギは漢字一字なら、「櫟、椚、橡、栩、椡」等があるのだが、「閂」は「椚」の転化ではないか?と謂う説明である。筆者の手元にある日本時代の地形図帳では、その標記は、何と木偏に閂、恐らく存在しない漢字である。誤植かどうかは判らないが、戦後閂を使い始めたのではないか?閂山一帯クヌギは良く分布しているそうである。

林務局管理下の林道は公式サイトを見ると台湾全土で80強線あるのだが、730林道はその中に入っていない。その理由は既に廃棄林道になっているからだろう。そもそもこの数字自体その由来の予想が難しい。自動車道幹線である台7線(旧省道7号線)からアクセスするからではないか?という台湾ネット上の説明に往き当たったが、成る程と思った。既に紹介済みの畢祿山への登山道に利用されている820林道も同様に台8線に繋がる。730林道の全長は28`、閂山と鈴鳴山のアクセスに利用されている廃棄林道であるが、古道ならぬ古林道の様相を呈しており、旧林道沿いに残る縁石等には厚く苔が纏わり付き、廃墟の美を醸し出している。(終り)
posted by 玉山 at 00:00| 台北 ☁| Comment(0) | 百岳俯瞰図 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする