2012年05月12日

「台湾百岳」について−8:『台灣山岳』

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【写真説明:写真はクリックして拡大】タイヤル族の聖山、大覇尖山(28号、3,492メートル)とその稜線を池有山(48号、3,303メートル)山頂下から望む。大覇尖山は今現在は山頂への登山は危険な為禁じられているはず。1927年(昭和2年)、台湾山岳会会長、沼井鐵太郎一行が「人類」として初登、「人類」とはタイヤル族は聖山を汚していないという意味だと思う。以前にも書いたと思うが、沼井はこのブログの副題でもある「聖稜線」の名付け親。
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2012年04月21日

三叉山−4

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【写真説明:写真はクリックして拡大】三叉山最後の記事を嘉明湖の写真で締め括る。嘉明湖を見下ろす場所まで辿り着いた時は、もう既に湖底まで降りていく気力が無く、暫くぼんやり座り込んでいた。やっと気合を入れて撮影に掛かったが当時の時間の関係で、その座り込んだ場所からの撮影ではどうしても逆光気味、かと行って大きく移動して撮影する気力も無し。どうせプロの写真家に成る嘉明湖の写真は世に氾濫しているし。。。嘉明湖上部のスロープとそれに重なる大武山山塊の取り合わせは誠に見事!(終り)
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2012年03月31日

三叉山−3

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【写真説明:写真はクリックして拡大】嘉明湖避難山屋を出て三叉山へ向かう登山道中、登山者左手に常に見えているのは玉山連峰に連なる嶺々である。左写真は、その玉山連峰をズーム・インして撮影。稜線中央が主峰(1号、3,952メートル)、その両翼の左稜線が南峰(5号、3,844メートル)、右翼が北峰(4号、3,858メートル)、主峰と対峙する巨魁が東峰(3号、3,869メートル)である。中央写真は、三叉山頂上へ向かう登山道、三叉山山裾を辿り向陽山と新康山を結ぶ登山道−嘉明湖へ降りる登山道、三本の登山道の分岐点に立つ指導標。右写真はその指導標付近から眺望した新康山。(続く)
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2012年03月10日

三叉山−2

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【写真説明:写真はクリックして拡大】頂上へ至る稜線上から向陽山方面(左写真)と三叉山頂上(中央写真中央のピーク)方面を望む。新康山が大きく迫り出して来る。新年二日目の霜柱。右写真は三叉山頂上一等三角点。(続く)
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2012年02月18日

三叉山−1

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【写真説明:写真はクリックして拡大】三叉山は向陽山の峨々たる山容とは好対照を成す草原の頂である。実際は小笹、これまで何度も紹介してきた玉山箭竹である。最もまともな解説は「能高山越嶺古道−22」にあるので参考にして欲しい。最初なので三叉山のイメージを三枚。左写真は、「向陽山−7」の左写真と同じ方向から撮影し、且つズーム・インしたもの。同写真中央が三叉山、その稜線右側に覗いているのは新康山(百岳44号、3,331メートル)。中央写真は三叉山頂上直下のスロープと登山者。右写真は、三叉山東側斜面から向陽山(同写真奥のピーク)方面を仰ぐ。

さて、三叉とは「みつまた」、現代国語であれば三差路で置き換えられる。三叉山が何の三差路になっているのか?は筆者は定かではない。考えられるのは二つ。一つは、登山者にしてみれが、向陽山―南雙頭山(52号、3,288メートル)、雲峰(19号、3,564メートル)方面南二段―新康山の分岐というイメージになるかもしれない。行政区画上は、高雄県桃源郷―台東県海端郷―花蓮県卓渓郷の三郷が三叉山で鬩ぎ遭っている。多分、後者の可能性が高い。行政区画名は変遷しても線引きそのものの基本は日本時代のものを踏襲してるようだ。(続く)

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2012年01月28日

俯瞰図:三叉山

[←俯瞰図はココをクリック]

向陽山も三叉山も私の手元の『臺灣地形圖新解』には出て来ない。同書に掲載地形図製作時、所謂蕃界の更なる深遠の地故、測量が及ばなかったと思われる。で、当時何と呼ばれていたか判然としない。いずれにしても、今回のダイヤグラムの主は三叉山ではなく、その山麓に佇む嘉明湖である。

三叉山はたおやかな台地と呼ぶに相応しい山である。向陽山の峨々たる山容との対照の妙味が嬉しい。

台湾人のハイカーにとって嘉明湖は必須の到達地である。私自身は山岳中の湖沼に対し特別な思い入れがあるわけではないが、その存在は以前から知っていた。私の俄仕込みの知識は長年、嘉明湖=隕石地形、即ち隕石が衝突してその窪みに出来た湖沼というものであった。それだけで十分興味をそそられた。

嘉明湖のプロフィールは以下の通りである;

台湾湖沼第二位の標高:3,310メートル(最高度は雪山山系翠湖の3,520メートル)
最長径120メートル、最短径80メートル、面積1.9平方キロ
最深6メートル

この湖沼に流れ込む水系は皆無、但し、枯渇することはない。

本湖沼形成については近年研究が進み、従来の隕石衝突説に代わり氷河遺跡説が駘蕩、現実点ではその学術論争は静かなそうな。氷河遺跡とは台湾では氷斗湖と呼んでいる。氷斗とは日本ではカール、圏谷と称している。

残念ながら、今回掲載した「グーグル・アース」では嘉明湖の上空には雲が掛かっている。僅かながらその湖沼面の紺碧が覗いていた。(了)
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2012年01月07日

向陽山−8

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【写真説明:写真はクリックして拡大】「向陽山北峰、標高3,462メートル」。
向陽山北峰は台湾百岳には勘定されない三千メートル峰の一座。嘉明湖避難山屋から見る次なる目標地、三叉山は指呼の間にありそうな錯覚に捕らわれるのだが、途中この北峰を越えなければならず難儀だ。左写真は、主峰を背にし三叉山方面に向かう登山客と北峰。中央写真は、北峰を乗り越し、降り切った地点から北峰、主峰、関山を振り返ったもの。右写真は同地点付近にある結氷した「ぬた」。

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2011年12月17日

向陽山−7

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【写真説明:写真はクリックして拡大】「避難小屋」
左写真は嘉明湖避難山屋越しに、中央部なだらかなスロープを擁する三叉山方面を望む。同写真右側の同じくゆるやかなスロープ奥に、台湾高山湖沼の白眉、嘉明湖がある。同じスロープ中央奥に小さな黒い塊が覗いているが、新康山(百岳44号、標高3,331メートル)である。右写真は、向陽山主峰直下の避難小屋の位置がよく解る一枚。最初の向陽山登山でほうほうの体で辿り着いた同避難小屋、本当に小さな狭い小屋だという印象があったのだが、その後建て直されたとしか思えない。(続く)

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2011年11月26日

向陽山−6

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【写真説明:写真はクリックして拡大】「霙」
最初の向陽山登頂の時に頂上で写した唯一の一枚。霙交じりの雨に打たれ全く惨めな状態で頂上を越え東側稜線伝いに降りて、嘉明湖避難山屋に行き当たった。誰も居ない小屋は天国の心地だった。(続く)

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2011年11月05日

向陽山−5

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【写真説明:写真はクリックして拡大】「向陽山南壁大崩壊」
「台湾百岳」と「台湾古道」双方のブログの各所で、この南部横貫公路に直接落下する崩壊部のことは紹介してきた。特に「関山越嶺古道−9」に掲載の写真を参照して欲しい。本記事には更に角度を変えた写真を掲載した。左写真は、渓頭山(標高3,272メートル)直下から大崩壊部を経て向陽山頂上に至る稜線。百岳ブログ「関山嶺山−3」に掲載した中央写真の撮影地点から大崩壊部に更に接近した。右側二枚の写真は大崩壊部の頂(いただき)。中央写真は東側俯瞰、同写真左端尖峰が渓頭山。右写真は南側俯瞰。(続く)
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2011年10月15日

向陽山−4

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【写真説明:写真はクリックして拡大】「玉山圓柏」
左写真は向陽山大崩壊部の肩の部分、登山道は崩壊部上端に沿って付けられているが写真で見るように広々としており、玉山圓柏の群生が見られる。同写真右奥の稜線は中央山脈南一段、遥か遠くに浮かぶ三角峰は北大武山。中央写真は立ち枯れた玉山圓柏でそのまま芸術品なのだが、私は端から退散していた。右写真は向陽山登山口三叉路、同写真に写る稜線を詰めると向陽山頂上である。

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2011年09月24日

向陽山−3

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【写真説明:写真はクリックして拡大】「山小屋」
現在(2010年旧正月)の向陽山屋の様子。以前の山小屋とは隔世の感がある。その鼠の巣と化していた旧山小屋は撮影したという記憶はあるのだが、肝心のファイルが見付からない。多分永遠に出て来ない。残念至極である。今回の三枚、午後四時過ぎの撮影、従って相当暗く、「オート・モード」で写しても、ブレているし、オート故色も悪い。勘弁して欲しい。中央写真がトイレ。(続く)

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2011年09月03日

向陽山−2

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【写真説明:写真はクリックして拡大】「カラー」
第一回目の向陽山登頂は灰色と黒の世界だったが、二回目は極彩色の中だった。(続く)

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2011年08月13日

向陽山−1

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【写真説明:写真はクリックして拡大】「向陽駐在所」
私にとってこの台湾中央山脈南二段の露払いの役割を担う、向陽山、三叉山+嘉明湖の登山口である向陽派出所は重要である。

関山越警備道上の最高点の関山駐在所跡へのアクセスが今や素人ハイカーには殆ど不能になったのに比し、その東隣りの渓頭駐在所と向陽駐在所跡地は現在の派出所にそのまま襲われたものである。

渓頭駐在所はその後[土/亜]口派出所となり既に廃棄されているのだが、日本時代の渓頭駐在所遺構が豊富に残っている。

これに対し、かなり注意深く探査してみたのだが、現在の向陽派出所敷地内に、当時の駐在所遺構を特定するのは最早難しくなっている。中央写真はその向陽派出所の裏側を撮影(2009年1月)したものである。これで日本時代遺構が些かでも残っていたにしろ霧散したはずである。実は、最初に向陽山登山を試みた時に、日本時代の遺構らしきものを撮影したはずだったが消失させてしまった。

この登山口から向陽山まで約8キロ、三叉山まで12キロ、標高差900メートル。(続く)

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2011年07月23日

俯瞰図:向陽山

[←俯瞰図はココをクリック]

向陽山は頂上に立つまで非常に難儀した山の一つである。最初の登山の時の経験は印象深い。二回目に登った時は一回目とは対照的に快晴に恵まれ、まるで別世界だった。それだけに何故一回目の山行の際、艱難辛苦したのか全く判然とした。

一回目の山行の際の印象は三つに尽きる―向陽山屋の夜の鼠の運動会。向陽山屋から大崩壊鞍部に登り詰めるまでの土砂降りと強風の中の急登と徘徊。何も見えない頂上と頂上直下の嘉明湖避難小屋での暖。

これらは、追々本文記事の中で詳しく述べる積りだが、ここでは、最初の鼠の運動会に少々言及しておく。

私が子供の頃は、鼠は家中を闊歩していたものだ。特に、我々の机の引き出しは彼らにとっては最高の棲家であり、闇雲に引き出しの中の物を齧られていた。本当にひもじい時(?多分動物学的には正しくない)、私の枕元まで進出してきて私の手の指を齧っていた。

今は、仰々しく「向陽山屋」などと呼称されている。実際専用トイレまで備えた堂々たる山中の休憩基地である。私が最初に行き着いた折は、作業小屋でしかなかった。現代台湾では「工寮」と称する、休憩兼宿泊簡易施設だ。小屋の前はテントが数張り張れる広場になっていた。

トイレは無い。広場脇の竹藪がトイレで、その下を小さな沢が流れていたので、私みたいな野人でも相当な抵抗があった。野の中のトイレに抵抗があったのではない、悪しからず。

小屋の中には多くの登山客が居た。小屋の中には多くの針金が張り巡らされていた。それが何の目的かは私は即座に理解した。食料は針金に吊るし鼠君の襲撃をかわす為である。

実際皆が就寝すると即座に鼠君の運動会の開始である。我々が寝ている上をお構いなしに駆け始めたのである。その数と大胆さに驚いた。この種の鼠の出来るだけ学問的な呼称は何かというと私は判らない。普通の小型鼠なのだが、二十日鼠、或いは、もっと広義に野鼠か?いずれにしても憎めない程に小さな個体だ。

快適さと不愉快さの閾値ということになろうか?現代人にこんな話題を提供しても理解して貰える余地はなさそうなので、この辺で最初の稿を終わりにする。

ところで、今回のダイヤグラムは、登山口から向陽山頂上に至るまでのルートを示すことにした。同登山口から向陽山を経て、三叉山、嘉明湖までの往復、山中一泊二日、南二段の入門コースである(続く)

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2011年07月02日

関山−6

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【写真説明:写真はクリックして拡大】「三角点」
「関山」カテゴリーの記事を起こすに当たり当時撮影した写真を見ていて記憶が蘇らなかったのは、この二つの三角点の写真である。何故二つなのか?その二つはどうお互いに並んでいたか?そもそも両方とも三角点なのか?これらの至極平凡な質問のどれにも今答えられない。時は秋であった。(終わり)

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2011年06月11日

関山−5

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【写真説明:写真はクリックして拡大】「頂上直下」
原生林の稜線を登り切ると左写真に見る岩場に掛かる。そこを攀じ登る図を「関山−1」で掲載した。這い上がった先にはガレ場でその後は頂上まで玉山箭竹に覆われたゆったりとした背中を登る。当時は、北面の大崩壊とその逆側の全く異なる女性的な笹原の対比などを想起する程の知識も無かった。要するに、関山に対するイメージが出来上がっていなかったということだ。ただ、ひたすら頂上を目差しただけだった。(続く)

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2011年05月21日

関山−4

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【写真説明:写真はクリックして拡大】「関山は何処に?」
長い稜線と格闘している間もガスは晴れず、一体頂上は何処なのか?イラつきながら闇雲に登る。大体、この時分は関山山塊の視覚的なイメージを持っていなかった時期だと思う。一瞬のガスの晴れ間から姿を現した頂上が右二枚の写真である。左写真は、前日夕方、3026小屋から西側を望んだ。煮えたぎる湯気のようにガスが湧き上がる。(続く)

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2011年04月30日

関山−3

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【写真説明:写真はクリックして拡大】「老獪」
再び持ち出すのは恐縮であるが、これら三枚と「庫哈諾辛山−1」に掲載した四枚の写真と比べて欲しい。明らかに両者、発する気が異なる。樹木の名前が覚束無い私の不明を恥じる。(続く)

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2011年04月09日

関山−2

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【写真説明:写真はクリックして拡大】「絨毯」
カテゴリー「関山」に掲載する写真は2002年当時撮影のもので、使用していたデジカメは今では玩具みたいな、総画素数約211万、最大画像サイズ1,600×1,200の「Canon DIGITAL IXUS v」である。IXYではなくIXUSなのは、台湾で購入したからである。A4サイズ印刷で何とか絵になる程度のものだった。今でも個人のブログ写真としては十分ではあるが。以上は言い訳でも何でもない。

今回並べた三枚は、当時非常に印象深かった苔のマットである。その色、厚み、広がり、溜息が出た。原生林のオーラみたいなものである。(続く)

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2011年03月19日

関山−1

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【写真説明:写真はクリックして拡大】「登山道」
関山・庫哈諾辛山を起点とする中央山脈南一段縦走の登山口となる進[さんずいと徑のつくり:けい]橋は南横上にあるので判り易い。南横の天池寄り道路脇に格好の駐車スペースがあるが、登山者が集中する時は、南横路肩に車が並ぶ。

登山口から暫くの急登は枕木を利用した登山道に支えられている。左写真は下山途中で撮影したもの。枕木は近代産業革命の産物であろうが、それとは対照的な太古以来の原生林が覆いかぶさる中を昇り降りするのは、実にスピリチュアルな体験であるが写真で表現するのは難しい。「庫哈諾辛山−1」に掲載した四枚の写真が私が言わんとすることの多くを語ってくれる。登山口から3026小屋までのコース途中の印象、並びに当時(2002年)の該山小屋付近の「惨状」に関しては同じく「庫哈諾辛山−1」の記事を閲覧して欲しい。

関山のみの往復であれば、まず3026小屋で一泊、翌朝かなり早い時間に出発し、登頂後はその日のうちに登山口まで降り切ってしまうのが普通である。私もそうした。コース時間については右サイドバーの「台湾百岳全路線図」の9ページ「中央山脈_南一段_関山」を参照にして欲しい。小屋から頂上までの上りは凡そ4時間。3026小屋露営地を早朝4時半に出発、3448峰への長い尾根の下部、大凡5時に撮影した登山里程標が中央写真。

右写真は頂上直下の岩盤。3026小屋から頂上までの間の唯一の岩場である。これを越えれば、頂上へ続く笹の草原に出迎えられる。(続く)

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2011年02月26日

俯瞰図:関山

[←俯瞰図はココをクリック]

関山に関しては別ブログ「台湾古道」の「関山越嶺古道」で書き尽くしてしまった。

既にこれまで記事にした南一段の各山岳の俯瞰図には最も最近の関山嶺山のそれを除いてはすべて関山を含んでいるので、今回の記事の為にどういう俯瞰図にしようかと色々思案していたのだが、名案が無い。苦し紛れの一枚が今回の俯瞰図なのだが、関山俯瞰図というより、現代版関山越嶺古道、つまり省道20号線、別称「南部横貫公路」、通称「南横」が中央山脈を越える様を表したものだ。実は、この俯瞰図は「台湾古道」ブログの方に相応しいのだが、未作成であったので、ちゃっかりそのまま古道俯瞰図としても用いる積りだ。

古道ブログの引き写しになるが、現在は関山越嶺古道として人口に膾炙している日本時代開鑿のブヌン族管制の為の旧警備道は現在の高雄県六亀(当時も)と台東県関山(当時は里[土龍])を結ぶ総延長約170キロ。但し、現時点で整備され一般のハイカーに開放されているのは、通称「中之関古道」と呼ばれる約4キロのみ。警備道最高所は、塔関山と関山嶺山を結ぶ稜線の最低鞍部、大関山トンネルの真上だ。当時は、関山越嶺道路などとは呼ばれず、サクサク道路(但し、東段)などと通称されていたようだ。

関山は日本時代から関山である。富士山より百メートルばかり低いだけの標高を持ち、北側に大絶壁を擁する山容は「関」と呼ばれるに相応しい。玉山(にいたかやま)以南の第一の名峰である。今現在、関山はこの名峰自体と、上述した台東県の鎮と町の名前として残る。戦後になってからの地名で、無論、名峰の名を借りたものだ。

これまで俯瞰図、写真等で紹介してきたように仰ぐ方向により関山の山容は千変万化する。何処から眺める関山が美しいか?玉山方向からの眺望と同じ北側からのピラミダル(pyramidal、鹿野忠雄風な形容です)な勇壮な山容が一番だという台湾人は多いかもしれない。(了)

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2011年02月05日

「台湾百岳」について−7:「単攻」

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【写真説明】「五嶽一奇」の奇莱山塊の豪快な山容、奇莱南峰(3,358m、第40座)頂上から望む。中央部が主山(3,560m、第20座)、その左の尖峰が北峰(3,607m、第16座)、さらにその左の一段低い頂が屏風山(3,240m、第62座)である。いずれの峰も「単攻」の対象である。
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2011年01月15日

関山嶺山−4

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【写真説明:写真はクリックして拡大】「オブジェ」。

明けましておめでとうございます。今年も本ブログをご贔屓にお願い致します。

2009年7月に玉山前峰(第69座、3,239m)に登って以来、昨年を通じ百岳に登る機会に全く恵まれず非常な焦りを感じた。日帰り可能な、或いは一泊程度で登れる百岳は登り尽くしてしまったので、どうしても最低中(なか)丸々三日、つまり延べ五日の休暇が確保出来ないと最早百岳登山は叶わない。今現在の仕事場が中国蘇州なので、台湾百岳登山という意味では苦境に陥っている。それで、昨年の暮れ近く、苦し紛れに、能高越嶺古道経由で奇來主山南峰(第40座、3,358m)にかなりの強行軍で登ってきた。2009年二座、2010年一座という何とも惨めな結果なのだが、その時新ためて感じたのは、やはり三千メートルを越えると別世界だということだった。今年はどんな機会に恵まれるか?(関山嶺山:了)

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2010年12月25日

関山嶺山−3

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【写真説明:写真はクリックして拡大】「頂上」。二等三角点。陸地測量部埋定の基部はすっかり露出している。基隆山岳会の残したカードにある標高「3474」は明らかな間違い。同標高を持つ百岳は新版でも旧版にも存在しない。旧版標高「3174」を書き誤ったのだと思う。中央写真は頂上から北側へ続く稜線。同写真左手前の尖峰は渓頭山、一番奥の塊が向陽山(3,602m)。左写真はその渓頭山頂上から関山嶺山頂上(同写真右手前)と関山(3,668m)を望んだもの。(続く)
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2010年12月04日

関山嶺山−2

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【写真説明:写真はクリックして拡大】「稜線」。左写真は頂上へ至る稜線と登山者。中央写真のような場所もあるので誰でも楽しめる。右写真は頂上へ至る稜線から振り返った(或いは見降ろした)塔関山、鷹子嘴山、関山北峰、最後に関山(3,668m)に至る稜線。(続く)
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2010年11月13日

関山嶺山−1

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【写真説明:写真はクリックして拡大】「登山口」。南部横貫公路東段の最高点、大関山トンネルに繋がる自動車道とその真上の稜線を同自動車道下方から見上げたのが左写真である。最高稜線下を水平に横切る線は登山道ではなくアスファルトの敷かれた自動車道であるのを知れば絶句してしまう程の標高である。同写真に写る三つのピークは左側から塔関山(標高3,222m)、関山嶺山(同3,176m)、渓頭山(同3,272m)。塔関山と関山嶺山の最低鞍部直下を大関山トンネルが貫く。渓頭山は天下の名峰であるが、台湾百岳に指定されていない。この山については稿を新たにして書く予定である。

中央写真は、向陽山大崩壊直下にある[土亞]口山荘の駐車場から関山嶺山を見上げたもの。同写真奥に写る尖峰は鷹子嘴山(標高3,262m)、関山嶺山は一番手前の岩峰である。

右写真は、大関山トンネル東口、つまり関山嶺山への登山口付近の岩盤。トンネル脇からほぼ垂直に、同写真上部最も右側に写る鞍部を目指す。(続く)

posted by 玉山 at 00:00| 台北 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 関山嶺山(第71座1:3,176m) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月23日

俯瞰図:関山嶺山

[←俯瞰図はココをクリック]
南横三星の最後に紹介するのは関山嶺山である。

実際は台湾古道ブログの「関山越嶺古道」の中で古道最高点に関し相当のページを費やしたが、この最高点は、関山嶺山への新旧(東西)登山道の出会いであり、塔関山と関山嶺山の最低鞍部でもある。まずは、その中から以下の三つの記事をピックアップしたので写真とその説明だけでも見て欲しい。正直、関山嶺山については言い尽した感がある。

南部横貫公路の最高点、大関山トンネルの東口傍に付いた登山口から片道1.5キロ程程、三〜四時間で往復出来てしまう上に、登山道は常に展望が利いているので天気さえ良ければ実に豪快な景色を堪能しながらの楽しい山行が約束される。

大関山トンネル東西両側入口付近と新登山口
里程標と新旧登山道の出会=関山越嶺古道最高点
関山嶺山頂上への稜線から俯瞰した古道と塔関山への稜線

関山越嶺古道の最高点に達した後は、頂上までの稜線を一気に登り詰める。下から見ていると相当な傾斜感があり頂上までの距離を詰めていくスリルが味わえる。逆に下りは、塔関山、関山へぐんぐん天に向かって登り詰めていくような稜線を正面に見据えることになる。

登山口から古道最高点までの急斜面の登りさえ我慢してしまえば、万人に満足の行く登山が約束されている。あくまで天気が良ければの話だが。

今回の俯瞰図は関山嶺山への登山者を意識したダイヤグラムに仕立てた。大関山トンネル東口が見えている。ここからそのままほぼ垂直に稜線に這い上がり、後は稜線伝いに頂上を目指す。ダイヤグラムに写る向陽山へ連なる稜線を南一段と二段の境界としている人も居る。(了)
posted by 玉山 at 00:00| 台北 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 百岳俯瞰図 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月02日

塔関山−5

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【写真説明:写真はクリックして拡大】「花」。一番苦手な部分、一つには花の名前を知らない。二つ目は手元に気の利いた図鑑が無い。左写真は玉山仏甲草(台湾万年草)、中央写真は山油点草(台湾ホトトギス)、ユリ科、真横から撮影しているので花弁が三枚しかないように見えるが実際は六枚ある。右写真はいまだ調査中。他にもあるのだが、まあ、三枚でお茶を濁しておくが、とにかく図鑑を取り寄せるのが第一である。(終り)
posted by 玉山 at 00:00| 台北 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 塔関山(第72座:3,222m) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月11日

塔関山−4

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【写真説明:写真はクリックして拡大】「森のオブジェ」。(続く)<
posted by 玉山 at 00:00| 台北 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 塔関山(第72座:3,222m) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする